『アイ、ロボット』や『エクスマキナ』など、AIの脅威を描いた作品は数あれど、ここまで徹底的にロボットをかわいそうに描いた作品があったでしょうか。
『チャッピー』に出てくる警護用ロボットも最初はギャングに利用されていじめられ、それはそれは可哀想な立場だった。
けれど真の敵が現れ彼らは仲間となり立ち向かい、そして家族となる。
ラストの展開は果たしてハッピーエンドなのかどうかは受け取り方次第だけれど、一筋の希望が見えて後味は悪くない。
だけど、『オートマタ』は徹底してロボットが可哀想なのよ。
初っ端からロボットは家主から悪者扱いされ、「AIなんてたかが人間の支配下」っていう徹底的に見下した目線で描かれる。
何よりビジュアルがどこか間抜け。
つぶらな瞳に猫背気味のフォルム。
決して人間には逆らわないであろう、脅威のなさ。
それが話が進むにつれて意思を持ち始めたロボットは自らの仮面を脱ぎ、無機質で不穏な顔面が剥き出しになる。
さぁ、ここから人間への逆襲か!!
と思いきや、一向に彼らが報われる気配がない。
なのに遥かに人間より賢いのに、決して支配しようとしないし、人間を守り人間から学ぼうとする姿が健気で仕方ない。
SFでのケレン味は意思を持ったロボットと人間との闘いにあると思うのだけれど、『オートマタ』はそこに期待しない方がいい。
派手なアクションはないし、ブレードランナー的な街並みだけど憧れるような未来像ではないし、終始息詰まる様な重みがある。
だけど『アイ、ロボット』や『ゴースト・イン・ザ・シェル』なんかよりずっとリアリティがあるし、リリカルな映像が沁みるから嫌いじゃない。
壮大な音楽が流れる中、座ることもなく佇むロボットと刻々と体力を失い座り込む主人公の画が一枚のロマン主義の絵画のようで心打つから、しっとりとした時間に観てほしい。
最後に・・・(※ここからネタバレあるんでご注意)
これはあくまで私の考察なので軽く受け流してほしいでんですが、作中に何度か亀の姿が映し出されます。
ギリシア神話では、
亀=冥界神
という存在だそうで。
冥界=死の世界を支配する神=死神ってことですね。
後半で出てくるロボットが新しく生み出した”生物”の姿もどこか亀のようですが、これはつまりロボットたちが今は決して人間を支配しようとはしないにしても、いずれ進化し続け、人間よりも優位な立場に立ち、神(死神)として生まれ変わる隠喩なのかなぁと思いましてね。
ラストに主人公ヴォーカンが見る海も、抑圧からの解放=死をイメージしてしまって、美しいシーンなのに暗い気持ちになりました。
ポジティブに捉えれば”自由になる”ってことなんでしょうけど。
私根っからのネガティブ人間なもので。
決して目立つSFではないけれど、健気なロボットちゃんが愛おしく、ノンアクションでも渋い演技が光るアントニオ・バンデラスが素敵な良作でございました。
『スター・ウォーズ』や『アベンジャーズ』シリーズのような派手なSFアクションが苦手な方は、ぜひじっくり味わってくださいませ。
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