『午後3時の女たち』あらすじとキャスト
2014年公開の大人なコメディドラマ。
キャストは『なんちゃって家族』のキャスリン・ハーンと、『ミスター・ノーバディ』のジュノー・テンプル。
倦怠期の夫婦の家にセックスワーカーの少女が転がり込むことから、夫婦や友人との関係が変化していく様をシニカルでユーモアに富んだ目線で描く。
あらすじ↓↓
ある日彼女は旦那や友人と遊びで訪れたストリップクラブであどけなさの残るストリッパー、マッケナ(ジュノー・テンプル)と出会う。
ひょんなことからマッケナを自宅に招き入れ住まわせることに。
しかしマッケナはストリッパーとしてだけでなく、娼婦としても稼ぎを得ていた。
その事実に戸惑いつつもセックスレスに悩むレイチェルはマッケナから今まで知らなかった世界の手解きを受け少しずつ変わっていくのだった・・・。
性の問題をユーモアたっぷりに描くコメディ・ドラマ。
78点
セックスレスを主題としたエロティックなコメディ・ドラマ。
クエンティン・タランティーノ監督が2013年の超おすすめ映画に挙げていましたが、わたし的にもめっちゃおすすめです。
冒頭、ガソリンスタンドにある洗車機の中に車が飲み込まれるシーン、私は異常にセンスのよさを感じました。
美しいブルー、したたり落ちる水、後部座席や運転席を行ったり来たりのレイチェル、カーナビの連絡先をいじる手元・・・物足りない日々の始まりを感じさせる、気だるく、憂いのある映像に一気に引き込まれました。
主題がセックスレスというセンセーショナルな話題だけにストーリーに目が行きがちですが、是非監督の映像センスにも目を向けて観て頂きたい。
監督は女性とあって繊細な映像と大胆な女同士の会話が見ものです。
主役を務めるのは「なっちゃって家族」で豪快に笑う気の良いおばちゃんを演じたキャスリン・ハーン。
コメディを中心によく見かける名脇役さんです。
正直「なんちゃって家族」のおばちゃんぷりしかイメージになかったのですが、
この作品では色気ある主婦を演じていてびっくりしました。
と言っても例えばアンジェリーナ・ジョリーみたいな完成された美しさではなく、少し生活に疲れた主婦感があって好感が持てる。
そんなキャスリン演じるレイチェルは優しいけれどどこか距離がある旦那とセックスレス。
ある日、旦那と軽いノリで訪れたストリップクラブで、幼いけれど妖艶なマッケナと出会うのです。
このマッケナを演じるのが「ミスター・ノーバディ」でも可愛すぎないのに魅力たっぷりな少女を演じたジュノー・テンプル。
顔立ちだけ見ていれば美少女っていう程整ってるわけではないのだけれど、笑い方や声やしぐさにキュンキュンしちゃうくらい可愛い女の子。
この作品ではストリッパーや娼婦として大胆なシーンも演じていますが、肝っ玉座ってる演技で若いのに魅せられる女優さんです。
セックスレスのレイチェルは、刺激や変化を求めてかマッケナと偶然を装って知り合いになり自宅に招き入れるのです。
そこが「地獄」の始まり。
ってか小さな子供もいるのにストリッパーを招き入れて住まわせますかね?
とか考えちゃうんだけど、子育てだけでは性的欲求も承認欲求も満たされないレイチェルにとっては藁を掴む思いだったのではないかと想像できます。
強引にでも人生に変化をもたらさないと、このまま大したドラマもなく年を重ねていくのではないかという、きっと主婦なら誰もが一度は抱えるのであろう漠然とした不安(わたしは独身なのであくまで妄想です)。
リアルに子供も旦那もいる家庭にストリッパーが突然やってきたら超刺激的よね。
例え一人暮らしでもそそられるわ。
※以下ネタバレ含みます※
さてさて、皆様なら下記の状況からその後の展開をどう考えますか?
・旦那とはセックスレス。
・妻が勝手にストリッパーをお家に連れ込んできた。
・子供も妻も不在だぜイエィ!!
まぁ普通に考えたら妖艶でキュートなマッケナとヨダレ垂らした旦那、、性的関係を持つやろそりゃ!!!(・:゚д゚:・)ハァハァ
ってなりますよね?
でもそうはいかなからこの映画は面白い。
むしろ旦那よりも妻のレイチェルと怪しいシーンが出てくるんでな。
それがめっさエロい。
女性監督だからこそ女性のエロスを引き出すのがうまいんだなぁ。
男性目線とは違う、清潔感がありながらも肉感的な体の重なり。
女性から見てドッキドキしちゃったよーーー。
※この監督、実はレズビアンだそうで、生々しいエロティックな演出にも納得。
ということでありきたりな展開によっての変化ではなく、マッケナのセックスに対する奔放な姿勢を間近に見ることで徐々に生活は変わっていくのです。
大きな機転になるのが、レイチェルがマッケナのセックスワークに同行するシーン。
マッケナの顧客であるそのオヤジは”誰かに見られることで興奮する”のである。
書いてるだけでキモい<( ̄口 ̄||)>!!!オーノー!!!<(|| ̄口 ̄)>。
レイチェルはセックスには参加せず、マッケナとオヤジが性交渉に及んでいる様を脇で見ているのです。
そして最後は何の罰ゲームかオヤジが果てるのを手を握り目を合わせて「看取る」のでした。
拷問か。
これを機にレイチェルとマッケナには溝が生まれるわけです。
頭では娼婦としてのマッケナを受け入れられても、実際の仕事現場を見て汚らわしく思う気持ち、すっごく伝わる。
新聞読みながら時々ブーっとおならをやらかす日曜日のパパと、
汗をキラッと光らせて働く「昼間のパパはちょっと違う」の逆バージョンですな。
(引用:忌野清志郎「パパの歌」より。)
そして崩壊へのカウントダウン。
マッケナとレイチェルに溝は決定的なものになり、マッケナが家を出て行ったのに次いで大げんかした旦那までも家を出て行ってしまうのです。
当たり前にあった幸せに感謝してこなかったことを反省し、最後は旦那とも仲直りするレイチェル。
そしてたまたま街中でクラブの前にいるマッケナを見つける。
結局、住むところが違った二人。
無理に環境を変えたり人間を変えようとしても無理なんだということ、
自らが変わらなければ何も変わらないといったメッセージが伝わります。
私はこの映画で一番好きなシーンはレイチェルの友人と、放送コードにひっかかるレベルのあけすけな会話をするところ。
「中絶したことある人ーーーーー!」
「はーーいっ!」
ってほとんどの40代女子が挙手をされていたのには度肝抜かれました。
たぶん、この映画の良さは30代を超えていないと中々理解できないんじゃないかしら?
思ったよりも倦怠感と重みのある映画ですが、最後のレイチェルの喘ぎシーンが妙に爽やかで笑える絶妙なバランス感覚を持ったドラマでした。
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